夜にひしぐは神おろし

お芝居とか映画とか好きなものの話を諸々。自分のためのささやかな記録。

『メタルマクベス Disc1』 IHIステージアラウンド東京、千穐楽

初日を観たあとに観劇記録を書いたメタルマクベス Disc1、今日が千穐楽でした。興奮と勢いに任せて、ネタバレも自分なりの解釈も両方ありの観劇記録を残しておきます。

ちなみに新感線千穐楽恒例の煎餅撒きですが、今回はスタッフさんのポカとのことで、RSシリーズのスペルがRXになってました。ある意味レア。

RSシリーズではおなじみのカーテンコール後のミニライブも、ばっちりありました。大好きな山口馬木也さんがグレコ衣装でマクダフの「リンスはお湯に溶かして使え」を歌ってくれるという幸福… 染みました。

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はぁ… Disc1、好きだったな…。ライブビューイングを含めて数回(片手を往復すれば足りるくらい)だけ観たのですが、終わってしまうのが本当に惜しい。Disc2、Disc3と控えているとはいえ、Disc1好きだった。主演のマクベス役の橋本さとしさんがカテコでおっしゃった「Disc1はドロドロ、Disc2はギラギラ、Disc3はキラキラ」というのを信ずるのであれば、私の好みは間違いなくDisc1…。

ここから先は、今思うこと、書いておきたいことなどをつらつらと。

魔女の予言の内容とはなんだったのか

魔女の予言と実際のできごとの整合性について考えていて、いまいちピンと来てないことがあったのだけれど、千穐楽だしひと区切りつけようかなと。

破滅に必要な要素を持つ人間が全員同じ血族である可能性

帝王切開グレコがランディの破滅に必要な要素だったとして、あとは「荒ぶる狼の子孫が剣で空を切り裂く」「陸の鯨が目を覚ます」みたいな感じだったと思うんだけど、それを踏まえて、やっぱりグレコは王族であるレスポールやジュニアと同じ血族なんだろうなって思った。

そもそも、レスポールの一族そのものがグレコの城のある辺りからやってきた一群なのではないかな。ESP軍が新興勢力であること、ランディがグレコに向かって「おまえの一族の血を吸いすぎた」みたいな感じのことを言うところ、などなど、細かいことがなんとなくそれを示唆してる。グレコレスポールを「一族の命の源泉」と形容したこともそうだ。

ESP軍は新興勢力として少数の血族が関東にやってきて、戦により土地を奪取し、レスポール大量破壊兵器のある場所に鋼鉄城を建てる判断をしたことによって、そこが根城になったのではないか、というのを関東におけるESP軍の歴史解釈としておきたい。

ESP軍は戦の中で外様を獲得して大きくなったという仮説

戦いに向かう将軍たちとは違い、グレコはなぜ城の中で忠臣として教育係をやっているのか? というのも、同じ血を引く一族であることで説明がつく。ランダムスターは忠実な部下ではあるが、戦を通じてESP軍に加わった外様なのではないか。パール国王と幼馴染であることから、フェルナンデス地方の出身なのかもしれないし。少なくとも血族ではないのだ(血はつながっていないと明言するシーンがある)。

だからこそランダムスターは、魔女の予言に目がくらみ、王殺しの悲劇に手を染める。ESP軍を家族同然と言いながら、本当に愛する家族である妻ランダムスター夫人の言うことのみを心の頼りにし、ついには彼女の望みを実行してしまうのだ。

つまり予言を現実にするのはレスポールの一族

予言の内容に戻ると、「荒ぶる狼の子孫が剣で空を切り裂く」を実行するのはジュニアだ。スヌーピーの刻印のある短剣をブレーカーに突き刺し、そのことによって舞台上をまっぷたつにするような激しい電流が走る。つまりジュニアは狼の子孫、レスポールも狼の子孫。そして同じ一族として、女の股から生まれてこなかったグレコがランディに引導を渡すことになる。

え… なんかそれエモくないですか…? この解釈が合ってるかどうかは知りません。でも、そう考えるとめちゃくちゃエモくないですか…?

腹を破って出てきたことにより、グレコの母親は死んだのかもしれないし、同族としてレスポールの間近で育てられたのかもしれないな、という説もふんわり妄想しておきたい。

圧倒的に2幕が好きだった

私、何かを失った人間を観るのが好きなんです。だから圧倒的に2幕のランダムスター夫妻が好きなわけ。ビジュアルだけで言えば、落ちぶれたマクベスがグレーのスウェット着たローズと一緒にいるシーンがいちばん好きなんですよね… あれは完全に性癖…

初演とDisc1での狂気の違い

お芝居としては、夫婦の寝室で自ら犯した悪事に心乱される2人のシーンがかなり好き。初演の松たか子マクベス夫人は、常に狂気のまま躁と鬱のジェットコースターを行き来するような虚ろな目が哀しかったが、Disc1の濱田めぐみマクベス夫人は正気と狂気のまだらボケみたいな状態がゾッとする。しかも正気に見えるときは常に何かに怯え続けている。あんな状態で一瞬でも正気に戻るなんて残酷…。

しかも2幕の鋼鉄城の寝室にはベッドに黄色のシーツがかかるようになって、高貴さをあらわすオレンジゴールドのベッドの上に横たわる妻に、裏切りと狂気の黄色の布をかけるランダムスター。なんなの、なんなのよ、つらすぎるでしょ。なんで黄色のシーツなんて使ってるのよ…。

ランダムスターは妻の狂気を知りつつ、自分の狂気をも抱えている。その事実が胸を締め付けてくる…。狂気を煮詰めたような夫婦の寝室が好き…。

ベッドサイドの薔薇の意味

ちょっと1幕のメイプル城の寝室に戻ってみると、ベッドサイドに薔薇が飾ってあるのが好きなんだよね。たぶん本数は4本だったと思うのね(思い違いだったらすみません)。赤い薔薇の花言葉は「あなたを愛している」、4本の意味は「死ぬまで気持ちは変わらない」。ちょっとおおおお、もし美術さんが意図的にそうしたのだとしたら、なんて仕込みをおおおお! 細かすぎるでしょおおおお!! うおおおおお!!

そして鋼鉄城には、薔薇を飾る者もいない。それが悲しい。

すべてを失ったランディ

そんな死ぬまで妻ラブなランディが妻を失ったあとのシーンも大好物…。音楽は偉大だ嫌なことを忘れる、と言っていたランディが、最大風速の悲しみに襲われてるとき、はっとしたように転がるギターを見つけるんだよ…。そして悲しみを嚙み殺すようにギターを抱えて、「かなりつらい」って歌うんだよ…。つらいでしょ…。ギター以外に縋るものがないんだよ…ランディ…ああランディ…。

あとはパール王を斬った後、スクリーンが閉まる直前のランディの顔がしんどい。なんて顔をするんだよ、としか言いようのない顔を。するんだ。ランディが。ううう。

妻を失ったとき、友を失ったとき、どちらも個人的には大楽より前楽の表現のほうが好きでした。本当、なんて顔をするんだよ…って愕然としてしまった。

クドカン脚本が持つ日本語コンテキストの妙

ランダムスターが妻を失ったときの「かなりつらい」というフレーズを聞くと、いつもクドカンの文法・クドカンの言葉遣いについて思いを馳せてしまう。

このシーン、戯曲や文芸だと、いかにも詩的で大仰になりがちなところだ。トップオブエモーションみたいなところ。それを現代のざっくりした言語感覚で置き換えると、めちゃくちゃ安物のマーガリンみたいな口当たりになる。それを絶妙な塩加減で仕上げることができるのだ、クドカンは。そういう空気感が、クドカン脚本の魅力なんだと思う。

安物のマーガリンみたいな口当たりの日本語、それっていい悪いの問題ではない。日本語の言語としての曖昧さが、そのポテンシャルを一気に押し上げている瞬間を、現代というコンテキストの中で目撃しているということなのだ。クドカンの文法を楽しむということは、日本語のポテンシャルが斜め上に火を吹くコンテキストを楽しむということにほかならない。感覚の妙を愛でる領域。

これはねー、松尾スズキ御大にも同じことを感じるよねー。だから大人計画の作家が好きなんだと思う。

言いたいことはまだまだあれど

キリがないのでこのへんにしておこうかなー。小ネタの話とかはじまると止まらないんだけど、しおりさんが小ネタの備忘録をまとめているので、興味のある方はそちらをご覧になってみるといいかもしれません。

 

shioring78.hatenablog.com

 

はー、それにしてもさー、Disc2、Disc3も脚本は同じらしいけど、演出が同じだとは誰も言ってないよね? ね? 結構違う可能性あるよね?? ね?? Disc2も今のところ初日に行く予定なので、楽しみです。

改めて振り返ってみると、本当にステアラの構造を活かした演出をメタマクでやるって、すごいことだったんだなと実感しています。はー。髑髏城花鳥風月極もすごかったけど、何かひとつ超えた感あるよね。いのうえさんが劇場のキャパシティを掴んだのかな。役者さんのキャパシティは微妙に超えてそうだけどね! それでも身体を劇場に合わせてくる名優たちのレジリエンス!! しびれる!!! 大好き!!!!

俺たちはステアラに抱かれた世代。ステアラが回っている今を生きた者たちは、老いも若きも等しく、ジェネレーション・ステアラなんだと思う。それがどんな無茶苦茶な抱かれ方だったとしても、俺たちはジェネレーション・ステアラ。

そのことを、未来で自慢しような。